触れたほうがいい気がする、それを言葉にできない時 - 触れる前の視点を、 少し立ち止まって考える -

「正しい触れ方を身につければ、
タッチケアはうまくいく」

以前の私は、
どこかでそんなふうに思っていました。

触れたときの「手応え」を説明できない理由

やさしく触れること。
相手を尊重すること。
余計なことをしないこと。

どれも大切なはずなのに、
いざ現場に立つと、
「これでいいのだろうか」という迷いが、
ふっと心に浮かぶことがあります。

触れ方が間違っているのか。
タイミングが違うのか。
それとも、
そもそも触れるべきではなかったのか。

タッチケアが難しいと感じるのは、
技術が足りないからではなく、
この「確認できなさ」に
理由があるのかもしれません。

触れる前に、私たちは何を見ているのか

私たち看護師は、日々の看護の中で、
「患者さんを少しでも楽にしたい」、
「そばにいて寄り添いたい」、
そんな思いを自然と抱いているのではないでしょうか。

その思いは、
意識する前に、
そっと手を伸ばすという行為に
表れていることがあります。

声をかけるより先に、
説明をするより先に、
気づけば、触れている

触れると落ち着く気がする。
触れると呼吸がゆっくりになる。
触れると、その場の空気が変わる。

そうした経験はあっても、
「なぜ、そうなるのか」
「何を意図して触れているのか」を
改めて考える機会は、ほとんどありません。

だから、
誰かに聞かれたとき、
自分の中で確信を持てない。

「なんとなく良いと思ったから」
「前からやってきたから」
そんな言葉しか出てこなくなるのだと思います。

それは、
看護師としての感覚が足りないからでも、
センスがないからでもありません。

 

触れるケアは、単なる手技ではない、「判断の言語化」

触れることの目的や、
触れる前に何を見て、何を確かめているのかを、
学ぶ機会がほとんどなかっただけなのだと思います。

本来、看護師のケアは
“なんとなく”で行われているものではありません。

触れるケアも同じです。

無意識に行ってきた関わりの中には、
確かに意味があり、
意図があり、
理由があります。

触れるケアは、
特別な手技を身につけるということではなく、

触れる前に、何を見て、何を判断しているのかを
自分の中で言葉にできるようになること

から始まります。

その視点が整うと、
触れるか、触れないかの迷いは、
「不安」ではなく
「判断」に変わっていきます。

触れるケアを、立ち止まって見つめ直すとき

ここまで読んでくださった方の中には、

「自分も、触れてはいるけれど、
それを言葉にしたことはなかった」

そんなふうに感じた方もいらっしゃるかもしれません。

私自身も、
長く現場に立ちながら、
触れるケアを「感覚のまま」行ってきた一人です。

だからこそ、
触れる前に何を見て、
何を確かめ、
どこで「触れる」「触れない」を判断しているのか。

それを一度、立ち止まって整理する時間が、
とても大切だと感じるようになりました。

触れるケアを、自分の看護として語れるようになるために

日々の看護の中で、
「触れたい」という気持ちはあるのに、
どこかで迷いが生まれてしまう
そんな感覚を抱いたことはありませんか。

そのような看護師の方に向けて、
「触れる前の視点」を整理するための
オンライン説明会をご案内しています。

この説明会では、
・触れるか迷うとき、看護師は何を感じ、何を見ているのか
・「なんとなく触れる」状態から抜け出すための考え方
・その先に、触れることを“自分の看護として説明できる”ようになるまでの道筋

について、実例を交えながらお話ししています。

この説明会は、
「今すぐ何かを変えなければならない人」のためではなく、

これまで自分が大切にしてきた関わりを、
一度立ち止まって言葉にしてみたい方
のための時間です。

どうぞ安心してご参加ください。

開催が決まりましたらブログでご案内します。

よく読まれている記事

この記事を書いている人

Picture of 見谷 貴代

見谷 貴代

看護師/アイグレー合同会社副代表 アロマセラピストから看護師になり、緩和ケア病棟や高齢者施設で5,000人の患者にタッチングを実践。病院や高齢者施設、製薬会社、企業などで研修や講演を実施。大学でも非常勤講師として活躍している。