触れる前に、私たちは何を判断しているのかーオンライン説明会で共有した視点ー

先日、
「触れる前の視点を整理するオンライン説明会」を開催しました。

ご参加くださった皆さま、ありがとうございました。

今回は、
「触れ方を学ぶ」ことよりも、
触れる前に、私たちは何を見て、どう判断しているのか
そこを整理する時間としてお話をしました。

質疑応答では、参加者の皆さんとお話しする機会があってとても濃い時間になりました。

 

現場にいるからこそ、出てくる想い

質疑応答で出てきた声の中には、

「アロマやタッチングを学んできたけど、現場で自信が持てない」

「自分のやっているケアが、自己満足になっていないか不安」

「患者さんがリラックスしたと、何をもって判断すればよいのか?」

といったものがありました。

どれも、
実際に現場で患者さんと向き合っているからこそ生まれる問い
だと感じました。

「正解が分からない」というよりも、
判断を言葉にできないことへの戸惑い
多くの方に共通していたように思います。

触れているのに、なぜ不安が残るのか?

看護の中で、タッチングなど、触れるケアをしている方は多いと思います。

  • 手を握る

  • 背中にそっと触れる

  • 声をかけながら体に触れる

けれど、そのあとに、

「本当にこの患者さんにとってよかったのか」
「根拠を聞かれたけど、説明できない」
「結局、忙しくなるとやらなくなる」

そんな感覚が残ることがあります。

これは、
技術や経験が足りないからではありません。

触れるケアは、判断の連続

実は、触れるケアは
清拭やバイタル測定のように
「いつ・何をするか」が決まっている看護技術とは違うかなと思っています。

その瞬間、その人、その状況で
毎回判断するケアです。

  • 触れるか、触れないか

  • どこに、どのように触れるか

私たちは常に判断しています。

ただ、その判断を
ほとんど言葉にしてきませんでした。

今回の説明会でお伝えしたこと

今回の説明会では、
具体的な手技や方法を詳しくお伝えすることはしていません。

それよりも、

  • 触れるかどうかを、どこで判断しているのか

  • 触れたあとに不安が残るのはなぜなのか

  • 「感覚」になりやすい部分を、どう整理すればよいのか

こうした考え方の整理を中心にお話しました。

触れるケアは、
手が触れた瞬間に始まるのではありません。

触れる前の判断から、すでに始まっている。

この視点があるかどうかで、
触れたあとの納得感が大きく変わってきます。

メディカル・タッチが大切にしていること

メディカル・タッチは、
看護に新しい手技を増やすことが目的ではありません。

大前提として、
C触覚線維が活性化する触れ方を行います。

それは、
むやみに触れるのではなく、
触覚そのものが「心地よさ」として脳に伝わる触れ方です。

その結果として、

  • 呼吸が深くなる

  • 表情がやわらぐ

  • 身体の力が抜ける

  • 声が穏やかになる

    こうした変化を、
    看護師の専門的な観察として捉えていきます。

    そして、

    • なぜ今、触れるのか

    • なぜこの触れ方なのか

    • なぜ患者さんが心地よく感じるのか

    この理由が言葉になることで、
    はじめて「看護技術」として位置づけられます。

    やっていることは同じでも、
    説明できるだけで、それは“ケア”になります。

患者さんのことを考えているからこそ、立ち止まる

今回の説明会では、
すべてを教えることよりも、

  • なぜ迷いが生まれるのか

  • どこで判断が言葉にならなくなるのか

  • 触れる前に、私たちは何を見ているのか

その土台となる視点を一緒に整理しました。

触れるケアに迷うのは、
決して特別なことではありません。

むしろ、
患者さんのことを考えるからこそ、立ち止まる。

そんな共通認識が、
自然と共有されていった時間だったように思います

次回の説明会について

今後も、
参加者の方同士が安心して迷いを言葉にできる場として
説明会や体験の場を開催していく予定です。

次回のご案内は、
LINEとブログでお知らせします。

お気軽にご参加ください。

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この記事を書いている人

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見谷 貴代

看護師/アイグレー合同会社副代表 アロマセラピストから看護師になり、緩和ケア病棟や高齢者施設で5,000人の患者にタッチングを実践。病院や高齢者施設、製薬会社、企業などで研修や講演を実施。大学でも非常勤講師として活躍している。